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help リーダーに追加 RSS 終の棲家 きぼうのいえ

<<   作成日時 : 2006/03/01 22:40   >>

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昨日は一日、パソコンが突然ネットに接続ができない状態になってしまい、今日NTTの人が修理に来てくれて、ようやく接続ができました。携帯電話もまだ新しいのに昨日は接続ができなくて、これって何を意味しているのかな?ってふと思いました。*^-^*

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月曜日に友人からのメールで、友人がボランティアに通っている「山谷・すみだリバーサイド支援機構 Hope House きぼうのいえ」のことが放送されると知らせを受け、観てみた。
それは、「終の棲家 ある最期 600日の記録」と言うものであった。
ある男性の入所から最期までの記録である。

友人というのは、このブログで「友人のパートナーの死」というタイトルで紹介した事のある女性で、自らもアルツハイマーのご主人を看取ったことのある方だ。私自身も末期癌の夫を自宅で看取った体験があり、友人とは共通する死生観を持っていて、いつも氣楽になんでも話せる間柄でもある(人生の大先輩ではあるが*^-^* )。
友人は、以前から新聞で「きぼうのいえ」のことを知っていて、いつかきっとここで働きたいと思っていたと話してくれていた。
ご主人を看取られてから少し経ってその時は訪れた。もっとゆっくり休んでからでもと思ったが、友人にとっては天職のようなものなのでそこで働けることがとてもうれしそうだった。
山谷は行ってみると、独特の雰囲気がある街だそうだ。それは決して差別意識から見てではなく、感覚的なものだという。
私は、子供の頃テレビで「蟻の町のマリア」の物語を観て、
大学教授の娘で、恵まれた家庭に育った北原怜子(さとこ)さんという女性が、献身的に蟻の町の子どもたちの世話をし、自らそこに住み共に生き、若くして結核で亡くなるという、実在の人物の生き方に、強く心を動かされたことがある。その蟻の町とは、山谷ではなかった(隅田川の言問橋の近くらしい)が、何故か山谷と聞くとそのことと重なる。 

きぼうのいえのホームページに創設者の言葉がある。
「だれでも、どこからでも行きなおすことができる場所を提供したい」
そのような思いでこの『きぼうのいえ』が誕生して3年が過ぎました。
ここは外見は施設のように見えますが、目標は限りなく在宅に近い『いえ』です。
ここで身寄りのない人がお互いに家族のように暮らすことで、一度はうしなった 『希望』や『安らぎ』といったものを、再び見つけることができればうれしいと思います。
代表理事  山 本 雅 基


また、

「きぼうのいえ」という施設名は、
アシジの聖フランシスコの≪平和を求める祈り≫の句に由来します。この名前には、今の命を生きる「きぼう」だけではなく、その地平を越えた、次の存在に向けられた「きぼう」も重ねられています。

平和を求める祈り

神よ、私をあなたの平和の使いにして下さい。
私が、惜しみのあるところに、愛をもたらすことができますように。
いさかいのあるところに、ゆるしを
分裂のあるところに、一致を
迷いのあるところに、信仰を
誤りのあるところに、真理を
絶望のあるところに、希望を
悲しみのあるところに、喜びを
闇のあるところに、光をもたらすことができますように助け、導いてください。
神よ、私に、慰められるよりは、慰めることを
理解されるよりは、理解することを
愛されるよりは、愛することを望ませてください。
自分を捨てて始めて自分を見出し、ゆるしてこそゆるされ、
死ぬことによってのみ、永遠の生命によみがえることを深く悟らせてください。
―――― アシジの聖フランシスコ


とある。2001年4月創設だから、2004年にホームページを開設したようだが、友人から聞いていたご夫妻の印象とテレビでうかがう姿とは、まったく同じでそのやわらかいお人柄に大きく頷けるものがあった。

こういうことも「蟻の町のマリア」と重なるものがあるのだが、戦後の貧しさの中と現代の様子とは全く違っていた。
施設そのものの設備や一人ひとりに対するケアも雲泥の差だと思う。勿論、蟻の町はホスピスではないのだからその違いは当然であるが、重なるのは「人」である。
そこは、個室もあって、部屋にはテレビや冷蔵庫もあり、部屋の入り口には立派な表札(名札)までも作ってくれる心遣いがある。本当に一部屋一部屋が終の棲家なのだと実感する。

今回取材の対象になった男性は末期癌だった。ごきょうだいは弟さんと妹さん。そして身近な友人。
「早く死にたい」から「死ぬまで生きるしかないな」と考えが変わったという。
車椅子に乗って外へ出る勇気がない。それは人にそういう姿を見られたくないからだとか・・
元気だった頃の自分を取り戻したいと思ってギターを弾くようにもなる。
弟さんとの間に生まれた大きな溝は最期まで埋められなかった。
「無縁仏でもいいよ」というもののやはり「親元(故郷)に帰りたい」のが本音だという。
最期は、きぼうのいえの人たちに看取られて、荼毘に付される。幸い妹さんが引き取りたいと申し出て九州へ帰ることができた。

番組の中でインタビューに応えて山本氏は「プラスの方向に向けての美学がある」と言う。

確かにここには「絶望」ではなく「希望」がある。いや、「希望に方向転換する場」なのかもしれない。終わり方はそれぞれなのだろうが、死に様を整える場としての明かりを感じた。

終の棲家がどこであっても、いのちは「永遠のいのちである」ことだけは、しっかりと解った上で肉体という衣装を脱いで欲しいなと思った。

今回は、友人の姿をテレビ画面で見ることはできなかったが、マリアさま、マザーテレサさんが大好きな友人の、献身的な愛ある姿は、スタッフの皆様と同様に「きぼうのいえ」に最もふさわしい人だと改めて実感した。

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タイトル (本文) ブログ名/日時
やはり、天職なのでしょうね・・・
友人のS子さんから送られてきた本「東京のドヤ街 山谷でホスピス始めました。「きぼうのいえ」の無謀な試み」をようやく読み終えた。 このブログでも「終の棲家 きぼうのいえ」と題して記したことのあるホスピスの実話である。 ...続きを見る
自由気ままに
2006/04/13 20:02
NPO法人になった「きぼうのいえ」
このブログでも何度か取り上げたことのある≪山谷・すみだリバーサイド支援機構「きぼうのいえ」≫から、資料が送られてきた。8月から「きぼうのいえニュースレター」というのも発刊されていて、それによると今春NPO法人に認証されたそうだ。 ...続きを見る
自由気ままに
2006/09/08 19:18

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちは、氣楽さま。
いつも母がお世話になっております、「友人」の娘のチカです(^^)

おとといの月曜に、母が我が家に遊びに来たときに、氣楽さんのブログを教えてもらいました。「ママやきぼうのいえのことが書いてあるのよ♪」ととても嬉しそうにニコニコ話しておりました。

いつも母や家族のことを理解していただき、本当に有難うございます。
すごくすごく嬉しいです。
(昨年父が亡くなったときに書いてくださったブログも、とても感動したので、プリントアウトして私の友人たち皆にも読んでもらっちゃいました☆)

氣楽さんの文章は、すごくお上手で面白くて読みやすくて「尊敬!」の一言です。いいなぁ、私も文章が上手くなりたいなぁ・・・、本当に、見習わせて頂きたいです!オッス!

これからもちょくちょく覗きに伺いますね☆
「簡単レシピ」も参考にさせていただきまぁす(^o^)/☆

友人の娘チカより
チカ
2006/03/22 09:47
チカさん、はじめまして!!*^-^*
ようこそ!
素敵なコメントありがとうございます♪
なんだかとってもウキウキ((o(^∇^)o))わくわくしてしまいます。
これからチカさんともブログを通してお友達ですね。
dear friend ♪ どうぞよろしくね。*^-^*
氣楽
2006/03/22 12:32

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